悴む

手がかじかむ。

 

漢字で書くと 悴む。

心が卒(お)えると書いて、かじかむ。

 


手足が凍えて思うように動かなくなる。 [季] 冬。 「手が-・んで字が書けない」

生気がなくなってやせおとろえる。 〔新撰字鏡〕

 

一般には、①の意味。

いまもそうだ。

12月の寒空の下、外を歩いていた。

手が悴んで、思うように動かない。

 

 

人の痛みを知って、心が悴む。

いまがそうだ。

心が悴んで、思うように動かない。

 

思うように動かない。

 

吐く息は白い 

ちゃんとしたものを書きたいと思っているうちにこんなに時間が経っていた。

この期間、なにを感じていたのだろう。

 

そもそもちゃんとしたものって何だろう。

思考を巡らせば巡らすほど、言葉が沈んでいくような感覚。

上澄みだけをすくっても、本質には届かない。

 

あらゆる可能性を求めて、旅に出る。

目的がない旅からは、なにも得られやしない。

 

途中で進路を変更しても構わない。

すでに十分に考えた、目標に向かって歩き始めよう。

 

ハクソーリッジ

 

僕の記憶と経験に差分がなければ、人生で初めて「戦争映画」を観た。

 

「ハクソーリッジ」

第二次世界大戦に衛生兵としてアメリカ陸軍に仕えたデズモンド・ドスの実話を元にした映画。

 

人が痛み苦しんでいる描写は得意ではないし、グロテスクな映像は苦手だ。

しかし、部屋に引き篭もって、寝るかインターネットをして過ごしている土曜日を有意義なものにしたいという思いから、

レイトショーを観に行くことにした。

とりわけ観たいと言う訳ではなかったが、タイミングが良かった。

 

一人でレイトショーを観に行くなんて大人になったなと少しの高揚感を抑えながら、ゆっくりと準備をし、外に出た。

日は落ちて数時間は経っていたが、まだ蒸し暑かった。

 

歩くこと15分。歩く人と人の隙間を縫うようにして、到着した。

タッチパネル式の発券機で、席を選ぶ。

土曜日ということもあって、半分以上がすでに埋まっていた。

他人の前を申し訳なさそうにして、通るのが嫌なので、前方の比較的空いている席を取った。

案の定、若干見上げる体勢となったが、仕方がない。背に腹はかえられぬのだ。

 

上映が始まった。

 

とある事情により銃を持たなくなった主人公のドスは、自分の身を守る武器すら持たず、

戦地へ降り立った。この場所がタイトルにもなっているハクソーリッジ。

日本名は前田高地と呼ばれる。

 

戦場では、敵国(日本)との戦闘シーンが鮮明に描かれているが、自動小銃の乱射により、はらわたが飛び出したり、

榴弾で吹き飛び半端になった四肢からは、神経や引き千切られた筋肉に思わず目をそらす場面があった。

たった数秒で人が死んだり、身体の一部が欠損していく。一般的な精神状態であれば、するのもされるのも拒否したいところであるが、戦場ではだんだんと感覚が麻痺していくのだろう。

 

終盤では、武器も持たずただ必死に仲間を助けるドスの姿を見て、感情移入してしまい

ドスが敵に見つかり、負傷者を引きずりながら逃げている場面では、「早くその敵を始末してくれ!」と目を見開き、興奮気味だった。

 

ふと我に返って、少し反省した。

 

自分を忘れて映画の世界に、主人公の近くで同じ体験をしているかと錯覚するほど、興奮させる作品だった。

戦場に立つまでの、ドスの過去や仲間との人間関係がこの感覚を加速させているのだろう。

 

これは事実を元にした物語で、実際に戦争が起きたときを考えると、僕の心臓から鼓動は聞こえなくなりそうだ。

 

ドスは人を殺す為の銃は決して持たず、ただ多くの人を救いたいという信念を持っていた。

自分には信念はあるのだろうか。と問いただしてみても、何もないことはよく自分が知っている。

渋谷の雑踏にて

 

JR渋谷駅、ハチ公口の改札を抜けると人で溢れかえっていた。

どこを見渡しても、男女のグループが談笑している。一人でスマホの画面に夢中になっている人あもいたが、すぐに相手が現れた。

みんな待ち合わせをしている。そういう私も友人を待っている。

 

他人が待ち合わせをしている光景をみていると、あの子は何を目的として会っているんだろう、関係性はどうなのかと想像する。

趣味の悪いことは重々承知の上だが、気になってしまうのだから仕方がない。

 

白いビックTシャツに黒いスキニーを履いた男の子は、赤リップがキツイ女の子と話をしているけれど、彼はその隣でスマホをいじっている女の子に何度か目線が落ちる。きっと彼は隣の女の子に好意を抱いている!なんてことを勝手に思う。

 

これはまだマシな方。

 

最近はこんなことを思うことが少なくなった。

精神状態が改善されたのか、もしくはすでに何かを諦めたせいかは分からないが、とにかく減った。

 

何が減ったか。駅や道ばたで並んで歩く男女にいらだちを覚える回数が減った。

逆にいうとある時期は、男女が歩いているだけで自分の奥底にあるマグマような感情がそのたびに湧き出てきた。要するに彼女が欲しかった。

 

ある友人に話すと、「多分、みんなニセモノだよ」と言った。

 

冷静に考えれば、彼氏彼女の関係ではなく、ただ友人と歩いているだけの人が多いかもしれない。

あれ、けど私にはそんな可愛い友人すらいないなあという思いを押しやって、自分自身を納得させた。

 

どんなに私がハチ公前にいる男女の関係性を探ろうとしてみても、本当のことは本人たちにしかわからない。良くも悪くも人は主観で生きている。

客観的に見ようとしても、形だけのもので本当の意味で客観にはなれない。だとしたら、自分の見える世界を信じたい、時には都合良く。

 

ダニエル・K・イノウエ国際空港

2017/5/29

 

ホノルル国際空港が「ダニエル・K・イノウエ国際空港」と名称を変更した。

ニュースとなっていたのは、ひと月前のことであったが知り合いからふと聞かされ、今日初めて知ることになった。

おそらくハワイで活躍した日系人の名誉を称え、命名されたのだろうと容易に予想がついたが、せっかくの機会なので少し調べてみることにした。

 

ダニエル・イノウエ

ハワイ大学在学中にアメリカが第二次世界大戦に参戦した為、ハワイでの医療支援活動に志願した。その後アメリカ人としての忠誠心を示すために、アメリカ陸軍の日系人部隊である第442連隊戦闘団に配属された。ドイツ国防軍との戦いにて右腕を負傷し切断。1年8ヶ月に亘って陸軍病院に入院したものの、多くの部隊員とともに数々の勲章を授与され帰国した。

 

彼に授与された名誉勲章にはこう書かれていた。

“イノウエ少尉は自動火器と小銃から浴びせられる射撃をかいくぐって巧みに自身の小隊を指揮し、素早い包囲攻撃によって大砲と迫撃砲の陣地を占領し、部下達を敵陣から40ヤード以内の場所にまで導いた。

自らの身の安全を完全に度外視し、足場の悪い斜面を最も近くにある機関銃から5ヤード以内の位置まで這い上がり、2個の手榴弾を投擲して銃座を破壊した。敵が反撃を仕掛けてくる前に、彼は立ち上がって第2の機関銃座を無力化した。狙撃手の弾丸によって負傷するも、彼は手榴弾の炸裂によって右腕を失うまで、至近距離で他の敵陣地と交戦し続けた。激しい痛みにも関わらず彼は後退を拒否して、敵の抵抗が破れ、部下達が再び防御体勢に入るまで小隊を指揮し続けた。

攻撃の結果、敵兵25名が死亡し、8名が捕虜となった。イノウエ少尉の類まれな英雄的行為と任務への忠誠は、軍の最も崇高な伝統に沿うものであり、また、彼自身やその部隊、ひいてはアメリカ陸軍への大きな栄誉をもたらすものであった”

 

ウィキペディアより一部抜粋

 

戦争についての知識も教養もない私が初めに感じたのは、無謀とされる中で、敵地に乗り込み、敵兵を滅することが、栄誉であり名声となるのかとふと思ってしまった。アメリカ軍にとっては自国の為に命を顧みず、前線で活躍した兵士は国の誇りであるのには違いない。ただイノウエ氏率いる小隊に命を奪われた人が少なからず存在するのだ。戦争とはそういうものなのだという一言で片づけてしまうこともできるが、私にはどうしても見過ごせなかった。

栄誉として称えられた一面だけでなく、光が当てられていない部分が必ず存在する。「ダニエル・K・イノウエ国際空港」と名付けようとした人たちは、その一面も考慮しているのだろうか。それとも私がただ考えすぎているだけなのか。

 

一連の戦闘で亡くなった人やその遺族を考えるとどうしても喜ばしいことだと感じることは私には出来なかった。